前回に引き続き、マーケティングについてスターバックスの例を用いながら書きたいと思います。
世界的コーヒーチェーン スターバックスは、彼らの顧客を明確に見定め、プロダクトや関連サービスを含む顧客体験をデザインしていきました。その結果、爆発的な人気を誇り、ビッグコーヒーチェーンへと成長していきます。
しかし2000年代初頭、スターバックスは困難に直面します。
当時、すでにスターバックスは4,500以上の店舗をアメリカに構え、更なる拡大路線を歩んでいました。そんな中、確立したはずの圧倒的顧客満足が少しずつ下がっていることに彼らは気付きます。
順風満帆だったスターバックスに、一体何が起こったのでしょうか?
新たな顧客層
まず、スターバックスが事業規模拡大に向けて行った主な戦略は次の通りです。
- 店舗数の拡大
- 店舗以外のチャネルの開拓(スーパーやレストランでの商品販売)
- コーヒー以外の商品(アイスクリームやフラペチーノ)の販売
- ギフトカードの発行
これらは、事業拡大のためにより多くの顧客との接点を作り出す取り組みだと考えられます。店舗数を増やすことで街中でスターバックスを目にする機会は増え、スーパーやレストランでもスタバの商品を見れば、スタバのことを知るきっかけにもなります。また、コーヒー以外の商品を販売したり、ギフトカードを作ってプレゼントとして渡せるようにすれば、コーヒーが苦手な人等のスタバ未訪問者を集めることができます。
その結果、スターバックスに訪れる顧客層に大きな変化が現れました。
拡大戦略の結果、スターバックスが新たに得た顧客層は、コーヒーを買うためだけに店舗に立ち寄り、特段長居もせずに店舗を離れていく人々です。おそらく、スターバックスの人気を聞きつけて集まってきたのでしょう。既存顧客達が好んだ商品のカスタマイズ等も希望しません。
「え?スタバにとっても良いことなんじゃないの?」と思われたのではないでしょうか?
回転率が上がって利益が上がるし、複雑なカスタマイズも要求されないならオペレーションも簡単になるじゃないか?
残念ながら、そう簡単にはいきません。
事業拡大と顧客満足のジレンマ
ここからは、分かりやすいように顧客層を大きく2つに分け、その特徴をまとめたいと思います。
既存顧客層
裕福で教育水準の高いホワイトカラーで、年齢は25-44歳の間、主に女性
職場でも家庭でもない、サードプレイスを求めてスターバックスに足を運んでいる
店舗での優雅なひとときを楽しんでいる
個人に合った商品のカスタマイズや顧客対応を望んでおり、店舗滞在時間は長い
新規顧客層
スタバでコーヒーを買って職場や学校に向かうのが日課
予定の合間にスタバによるイメージ(スタバが最終目的地ではない)
便利だからスタバで飲み物や食べ物を買っている
商品カスタマイズや品質の高い顧客対応はそこまで重要ではなく、店舗滞在時間も短い
スターバックスとしては、新規顧客層をたくさん取り込んだ方が儲かりそうにみえます(そのため、実際彼らも新規顧客層をガッツリ取り込みました)。
ところが、積極的な新規顧客層の取り込みにより3つの大きな問題が発生しました。
① 既存顧客層の顧客満足が大きく低下した
既存顧客層は、優雅なひとときを楽しみたいのです。スタバは彼らにとっての特別な空間です。ただコーヒーが飲めれば良いという新規顧客層がどっと流れ込めば、そんな特別な場所が台無しです。
② スターバックスの競合他社との差別化要因が失われた
「もうスターバックスは大きくなったんだから、新規顧客層をメインターゲットに据え置けば良いじゃないか?」という意見も聞こえそうです。しかし、スターバックスは競合他者との明確な差別化により成功しました。騒がしい店内で顧客対応もままならないコーヒーショップは、もはやマクドナルドやダンキンドーナツと大した違いはありません。むしろ彼らの方が商品を廉価で提供する分、顧客は「やっぱりコーヒー飲むならマクドだよね」と言い出しかねませんよね。
③ 顧客満足低下により、顧客層に関わらず顧客あたり利益率が下がった
顧客の求めるものに差はあれど、「来てよかったな」と思えないコーヒーショップに再訪しようと思わないのは、新規/既存顧客層共に共通しています。どちらの層のニーズも十分に満たせない状況では、全体として顧客単価が下がったり訪問頻度が下がるのも無理はありません。
いかがでしょうか? これがスターバックスの陥った「事業拡大」と「顧客満足」のジレンマです。サービスが世の中に評価され、様々な顧客層に認知されるようになった時、「よし、今がチャンスだ!店舗拡大で売上を伸ばせ!」と意気込むのは当然のこと。しかし、多く顧客を取り込むことにより、それぞれの顧客を同じように満足させることは難しくなってしまいます。
スターバックスの見出した解決策
それでは、スターバックスはどうしたのか?
- 店舗ごとに現状を分析し、特に顧客対応の改善が必要な店舗を特定
- 顧客対応のモチベーションアップのために従業員の賃金をアップ
- 接客時間短縮のため、高効率のバリスタマシーンの導入を実施
- 多くの顧客で賑わっても”やすらぎ感”が損なわれないように店舗を改装
- オフピークタイムの売上を上げるための新商品を開発
意外にも、スマートでイノベイティブな解決案という感じではなく、泥臭く着実な改善案により、新規顧客層も既存顧客層も満足できるサービスづくりに徹したと言えます。ただ、当時ですでに5,000店舗近くを運営していたことを考えると、その組織統率力と実行力は素晴らしいです。
2002年には売上を前年度比で25%アップ、2004年には新規店舗をさらに1,300店舗増やしています。恐るべし…。
上記のジレンマは、ビジネスの世界の至る所で起こっています。他の解決策の例を挙げると、「複数のブランドを持つ」という方法があります。
同じコーヒーチェーンのドトールの例では…
ドトール
利用イメージ:通勤通学前や学校会社帰りの隙間時間にさっとコーヒーを飲む
サービスのデザイン:廉価なコーヒーを提供。狭い店舗内に可能な限りの椅子を配置して一回転あたりの顧客数を増やす。
エクセルシオール
利用イメージ:美味しいコーヒーをお菓子と一緒に食べながら優雅に新聞を読む
サービスのデザイン:ドトールと比較して高めの価格設定。ゆとりを持った座席配置。座り心地のよいソファー。食事も提供。
異なる顧客層に対してそれぞれのニーズを満たすブランドを展開し、双方の顧客層を掴むことに成功した好例ですね。
まとめ:うまく行っている時こそ、原点に立ち返る
以上をまとめると、
事業規模が大きくなっても、
- “お客様”が誰であるのかを意識し続けること
- お客様が自社を選んでくれる理由は何なのか(自社の強み)を忘れないこと
これらの重要性は普遍であることを、私たちに教えてくれる事例でした。
今回はビジネスの文脈で「顧客満足」や「自身の強み」を追求することの重要性を語りましたが、この考え方は他のことにも応用できます。
例えば、手厚いファンサービスが人気の秘密である当地アイドルが、地元ファンからの口コミが広がったお陰で、全国区で売れ出したとします。売れ始めた途端に「もっと多くのファン」を重視し、地元での活動が疎かになってしまうのも仕方がないことですが、全国区ともなれば競合は沢山います。本来の強みであったはずの「地元ファンとの関係性」無しで戦っていけるのかどうか、一度立ち止まって考える必要があります。後から出てきたもっと”可愛い”アイドルに枠を奪われるかもしれません。
マーケティングの面白さが、皆様に少しでも伝われば幸いです。
※引用:Harverd Business Review “STARBUCKS: DELIVERING CUSTOMER SERVICE“
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