今回は、2020年5月現在、世界中で猛威を奮い続けている新型コロナウイルスが及ぼしているビジネスへの影響から、リスクマネジメントの在り方について考えてみたいと思います。
そもそもリスクマネジメントというのは、「企業経営において、損失を与える可能性があるリスクを知っておき、事前にそれを回避するあるいは損失を和らげるための対策を行う」ことを基本としています。
ところが、今回流行した新型コロナウイルスは、言わずもがなほぼすべての産業に計り知れない影響を与えている訳ですが、感染症蔓延による損失を予測し、(想定した通りに)対策を打てた企業はおそらくゼロではないか、と思います。
(念のため記しておきますが、本記事では感染症蔓延が事業の追い風になった企業については言及しないことにします。)
そうなると、ほぼ全ての企業がパンデミックに対するリスクマネジメントに失敗した、ということになってしまうのですが、世の中を眺めていると、そうでもないようです。
感染症蔓延により売上が大幅に落ち込みながらも、この難局を上手く乗り越えようとしている企業は存在します。
パンデミックが企業に与えたダメージを、自らのビジネスモデルを大きく転換させるチャンスに変えている企業もあります。
ということは、今回の新型コロナウイルス蔓延という未曾有の危機を回避できた企業というのは、「あらかじめ周到に準備していた」というよりは、「発生した後の対応が柔軟かつ迅速だった」と言えるのではないでしょうか。
ということで、以下より「想定し切れないリスクに対するマネジメント」について、議論していきたいと思います。
リスクマネジメントの基本的な考え方
まずは、リスクマネジメントの基本をまとめておきます。
リスクマネジメントは、「洗い出す」「評価する」「対策を打つ」の大きく分けて3段階のステップにて行われます。
リスクを洗い出す
ビジネスにおいて様々な場面に潜むリスクを、発生する前にすべて洗い出しておきます。
例えば、もしあなたがラーメン屋を経営していたとします。
ラーメン屋経営におけるリスクといえば、以下のようなものが思いつきました。
- お客さんが商品を食べて食中毒を起こす
- 夜中に泥棒が店舗内に侵入し、売上金を盗む
- 近くにライバル店がオープンしたことで顧客数が減る 等々
この調子で、考えられるリスクを出し尽くします。この時、カテゴリー別にリスクを洗い出していくと、抜け漏れやダブりがなくなります(いわゆるMECE)。
例えば、以下のようにカテゴリーを付けていきます。
- お客さんが商品を食べて食中毒を起こす 【食の安全】
- 夜中に泥棒が店舗内に侵入し、売上金を盗む 【店舗のセキュリティ】
- 近くにライバル店がオープンしたことで顧客数が減る 【競合】
こうすれば、
「食の安全といえば、お客さんがアレルギーを起こす可能性は無いだろうか?」とか
「他にも、【材料調達】というカテゴリーも考えた方が良いんじゃないか?」のように、視野を広げていくことができます。
リスクを評価する
リスクを十分に洗い出せた後は、リスク一つ一つを「発生する可能性」と「発生した時のダメージの大きさ」で評価していきます。
具体的には、以下図のような表の中に、洗い出したリスクを当てはめていきます。
リスクに対策を打つ
リスクを図の4象限に分類できたら、それぞれのリスクに対して対策を打ちます。
思い付く全てのリスクに対して、完璧な対策が出来ればそれに越したことはありませんが、リスクマネジメントに回せる資源は限られているので、通常は不可能です。
そこで、図の4つのグループごとに対策方針を変えます。
グループⅠ(確率:高い、ダメージ:大きい)
発生確率が高く、かつダメージの大きいリスクは最優先で対策すべきです。
まずは、リスクが発生しないようにするための対策を講じ、対処し切れない場合は、リスクが発生しても軽傷で済むような対策を打ちます。
グループⅡ(確率:低い、ダメージ:大きい)
発生確率は低いが、大きなダメージを引き起こすリスクは、対策の優先順位は2番目になります。
滅多に起こらないが、発生した場合にビジネスが大コケしてしまう場合があるため、リスク軽減によって何とかビジネスは続けられる程度に予防線を張っておきます。
グループⅢ(確率:高い、ダメージ:小さい)
頻繁に発生はするものの、ダメージは小さいリスクについては、ダメージそのものよりも頻発するリスクに対処する手間がやっかいです。
この場合は、発生時の対処法をマニュアル化しておく等にて、本業への影響を小さくする努力が有効です。
グループⅣ(確率:低い、ダメージ:小さい)
滅多に発生せず、しかもダメージの小さいリスクは、特段の対策を講じずに放っておきます。
発生してから対策しても十分間に合うからです。
新型コロナウイルスのような未曾有のリスクに備える難しさ
パンデミックに備えた対策
それでは本題です。新型コロナウイルスの蔓延のようなビジネスに甚大なダメージをもたらすリスクをどう考えれば良いのでしょうか。
前章のグループ分けで言えば、このようなリスクはグループⅡ(発生確率は低いが、ダメージが大きい)に分類されます。
実を言えば、パンデミックがビジネスにおけるリスクとして議論されるのは、今回が初めてではありません。
世界は、2003年のSARS流行や、例年流行するインフルエンザウイルス等を経験しており、疫病に痛い目にあった企業はたくさんあります。
ということで、企業は疫病リスクをグループⅡに分類し、対策を講じてきました。
しかし従来の疫病は、ビジネスが崩壊するリスクは特定の地域に限定されることが多かったため、ロケーションを分散させることで対応してきました。
例えば、03年に中国でSARSが流行した際は、中国から安値で仕入れていた原材料が、工場閉鎖により届かないという危機に晒されました。
そこで、材料の仕入れ先を多角化させ、あらかじめ中国以外にも原材料輸入先を設けるようになりました。
つまり、ビジネスのグローバル化が、パンデミックリスクに対抗する有効手段であった訳です。
新型コロナウイルスにリスクマネジメントは通用しない
ところが、今回の新型コロナウイルスの場合は、流行当初こそ感染地域は限定されていましたが、グローバル化が進んだ世界経済が、ウイルスを世界中に拡散させてしまいました。
せっかくロケーションを分散させたのに、分散させた拠点すべてが機能不全に陥ってしまいました。
パンデミックに備えてあらかじめ準備しておいた対策が全く歯が立たなかったのです。
それでは、企業としてどのような準備ができたかと考えると、新型コロナウイルス蔓延が世界経済に与えた影響があまりにも大きく、リスク対策は現実的ではなかったと思われます。
密閉空間になる劇場でのパフォーマンスはパンデミック時には営業停止になってしまうと言うことで、シルクドソレイユはオンラインでパフォーマンスを提供するプラットフォームを開設するでしょうか?
劇場に来るからこそ感じられる臨場感に価値を置くシルクドソレイユのビジネスプランに、「ネットで観れるならそれで良いや」と顧客の足を引っ張ってしまうようなリスクヘッジプランは採用されようがありませんし、常時から「オンラインでも劇場にいるような臨場感を」をスローガンにバーチャル体験を探求することは、自ら首を絞めるような行為でしかないでしょう。
つまり、新型コロナウイルスが与える影響が、ビジネスの根幹を揺るがす程に大きなものであるため、事前に対策しようがないということです。
想定し切れない強大なリスクにどう立ち向かうか
世界的な疫病の蔓延による生命と経済に対する危険を予知できたのは、Microsoft創業者のビル・ゲイツ氏くらいでしょうか。
私を含めたその他大多数の人間は、パンデミックリスクを知り理解はしていたものの、皆声を揃えて「こんなに大事になるとは思っていなかった」というのが正直な感想なのだと思います。
世界中の人が一杯食わされた状況の中、世界中の企業が総倒れになって身動きも取れない状況に陥っているかというと、そうでもなさそうです。
疫病の収束を祈り、行政からの財政的補助を請願する人々もいれば、疫病蔓延に関わる世界の変化をいち早く予期し、ビジネスを変革させて生き残り戦略を模索している人々もいます。
本記事の執筆時はまさに疫病蔓延の最中のため、何が正しかったのか、その答えは出ていませんが、ビジネスとしての生存確率が高いのはおそらく後者でしょう。
本件から学べることは、想定しきれないリスクのマネジメントには、以下の2つのポイントが肝要であるということです。
①危機を察知する鋭い嗅覚
新型コロナウイルスは、ある日突然世界中に舞い降りた訳ではありませんでした。
2020年1月当時:世界中の報道機関が中国・武漢にて新たな病原体の蔓延を報じました。
2020年2月:日本を含むアジアの国々にウイルスが拡散し、欧米諸国からアジアへの渡航が制限されるようになりました。
2020年3月11日:世界保健機関WHOは、新型コロナウイルスの感染拡大をパンデミックに相当すると発表しました。
2020年3月下旬:世界各国の都市にてロックダウンが始まりました。
2020年4月上旬:日本にて緊急事態宣言が発令されました。
先ほどの例で言えば、日本でラーメン屋を経営していたあなたに直接的な被害が発生し始めたのは、4月上旬。
問題は、どの段階で「もしかしたらこのウイルスは、うちのラーメン屋にも影響するかもしれない。」と感じることができたか。
言うまでもなく、リスクの察知が早ければ早いほど、対策に時間を割くことができます。
想定外のリスクへの対応においては、リーダーの危機察知能力が試されます。
②常識や慣習をひっくり返す勇気
未曾有の危機を察知した上で「常識外れな意思決定ができたかどうか」が、ビジネスの明暗を分けました。
とある高級レストランは、都市部ロックダウンによる営業停止措置を予期して、格安のテイクアウト販売やデリバリーサービスを始めました。ブランド価値を既存しかねない安売りは、高級路線のレストランではあり得ない措置です。
同時に、席数を半分以下に減らす改装工事を行って店舗の密閉度を下げ、従業員や顧客同士の接触をゼロにするためにオペレーションマニュアルを刷新しました。
これは、自ら将来の売上を半分以下に削るというあり得ない意思決定を行った、ということです。
今では、この先1〜2年というスパンで新型コロナウイルスと付き合っていかなければならない未来が現実味を帯びてきましたので、「まぁ、そうするしかないよね。」と納得できる判断かもしれません。
しかし、問題はこの判断を「いつ」行うかです。
常識や慣習に捉われ、変化することを恐れ、決断を遅らせれば遅らせるほど、ビジネスに与える傷は深くなります。
リスクに対して、常識や慣習を疑い、新たなビジネスモデルへ向けて歩み始められるかどうか。
これまで企業として培ってきた強みや積み重ねを、場合によっては手放すことができるかどうか。
リスクが喉元にまで迫ってくる前に、思い切った判断ができるかどうか。
これらの決断力や対応力が、想定外リスクマネジメントにおいてリーダーに試させる素質だと思われます。
まとめ:あり得ない、はあり得ない
いかがでしょうか。今回は、新型コロナウイルスに気づかされた、規格外のリスクマネジメントについてお伝えしました。
文中でも述べたとおり、我々は新型コロナウイルスと格闘している最中です。
想定外のリスクマネジメントについても、今後の経済や疫病対策の動向を追いながら、必要に応じてアップデートしていこうと思います。
また、本記事にて紹介した①危機を察知する鋭い嗅覚と、②常識や慣習をひっくり返す勇気を持ったリーダーの実例を、本ブログにて随時ご紹介していこうと思います。
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