心理学第一弾として、人間の持つ “2つの思考モード” について記載します。
これは、キース・スタノビッチ氏とリチャード・ウエスト氏の2人の心理学者によって確立された理論です。
その後、同じく心理学者で行動経済学者のダニエル・カーネマン氏によりこの理論は発展し、同氏の著書「ファスト&スロー」にてこの理論は広く認知されるようになりました。
皆さんも、「何であんな風に考えていたんだろう?」「どうしてあんなことしてしまったんだろうか?」と自身の判断を後悔した経験を1つくらいはお持ちかと思います。
この記事を読んでいただければ、人間誰しもが持つ「思考のクセ」について、その大枠を掴んでいただけると思います。
本記事の要旨
- 人間は、早い思考(システム1)と遅い思考(システム2)の2つを使意分けて意思決定をしている
- システム1はたまに錯覚を起こし、その錯覚はシステム2さえも欺いてしまう
- 疲労や感情の影響により、システム2がうまく働かなくなる
- システム1とシステム2の起こすエラーを事前に把握しておくことで、正しい判断ができるようになる
人間の持つ”早い思考”と”遅い思考”
彼らの理論によれば、ヒトは物事を考える際には無意識的に下記の2種類の思考モード:早い思考と遅い思考を使い分けているのだそうです。
早い思考:システム1の特徴
- 意思決定スピードが早い
- 自動的に判断してくれる
- 直感的
- コントロールが難しい
- 自分では意識せずとも働いてくれる(無意識的)
- 感情的
遅い思考:システム2の特徴
- 意思決定スピードが遅い
- 一貫性がある
- 論理的であり批判的
- 推論的
- コントロールできる
- ルールに従う
- 意識的に動かす必要があり、エネルギーを使う
どういうことか分かりづらいと思いますので、私たちがどのようにこれら2つのシステムを使い分けているのか、例を見てみましょう。
*システム1が働くとき
- 暇なので、何気なくYouTubeで面白そうなチャンネルを探す
- 先生の表情を見て、「あ、今日は機嫌が悪いな」と察知する
- 助手席に乗った友達とお喋りしながら車を運転する
- 母国語で書かれた簡単な文章をパッと見て理解する
*システム2が働くとき
- 騒がしい部屋の中で喋っている話し相手の声を注意深く聞き取る
- 狭い駐車場に車を停める
- 自分が書いた文章が論理的かどうかをチェックする
- 難しい計算問題を解く
日常生活のほとんどの場面では、システム1が稼働し、システム2はほとんど動きません。
システム1は自動的・直感的に働いてくれるので、私たちは歩くときにも道路標識を読むときにも、簡単な文章を読んだり計算をするときにも、ほぼ無意識に行うことができます。システム1のおかげで、日常生活を円滑に送ることができます。
一方、システム1で処理できないような難しい作業や判断を行うときは、システム2が動き出します。
システム2が働く時間や頻度が多くなると、思考にたくさんのエネルギーを使うため疲弊してしまいます。
ビジネスの戦略を練ったり、プロジェクトを開始すべきかどうかの意思決定するのも、もちろんシステム2です。
また、システム1で判断したことに対する最終決定権はシステム2が持っています。
例えば、机の上に置かれたドーナツを見て、システム1が直感的に「美味しそう、食べたい」と判断しても、システム2が「いや、最近体重が増えてきているから我慢しよう」と判断すれば、ドーナツを食べずにいることができます。
補足ですが、経験を積むことにより、システム1で判断できることを増やすことが可能です。
自動車の運転を想像してください。車に乗り始めて間もない頃は、アクセルを踏む強さやハンドルを切るタイミングなど、すべてのことに注意を払って慎重に運転していたでしょう。この時、脳内ではシステム2がフル稼働しています。
ところが、運転を始めてからしばらく経てば、アクセルもハンドルも特段注意を払うこともなく運転できるようになります。音楽を聞いたり同乗者とお喋りしながらの運転も可能でしょう。運転経験を積んだことにより、システム2の稼働が必要だった運転作業が、システム1で自動的に処理できるようになったためです。
このように、システム1とシステム2が協働することで、ヒトは行動しているワケです。
ところが、このシステムには欠点があります。それは…
- システム1で直感的に判断したことにシステム2がダマされる
- システム2は、疲れてくると怠け始める
錯覚の科学:システム1にダマされる
システム1は非常に優秀に機能し、そのお陰でシステム2を逐一動かして脳のエネルギーを消費せずに済むワケなのですが、システム1は時々錯覚を起こします。
例えば、有名な下の「ミュラー・リヤー錯視」呼ばれる図。
一番上の矢印の線分は、他の矢印のそれよりも短く見えると思いますが、実際は線分の長さはどれも同じです。
何が起こっているかというと、
- システム1が「一番上の矢印が一番短い」と直感的に判断
- システム2に通しても、「システム1の判断は正しいだろう」としてスルー
- 「一番上の矢印が一番短い」と結論
このように、システム1の錯覚にシステム2もダマされてしまうのです。システム2が騙されちゃうんだからどうしようもない。しかも、エラーを起こすシステム1の働きは止められません。だから、答えが分かっていても、上図の一番上の矢印は何度見ても短く感じてしまうのです。
この判断ミスを防ぐには、「システム1は、いつ・どのように錯覚を起こすのか」を理解しておくことが不可欠なのです。
怠け始めるシステム2
2つ目の問題は、システム2を働かせるには多くのエネルギーを必要とする、ということです。難解な数学の問題を解いたり、TOEICなどの英語のテストを受けると、頭が疲れますよね。そんなシステム2を酷使した後や、精神的または肉体的に披露している際は、システム2の働きが鈍くなります。
つまり、システム2の思考自体が表面的になり、システム1の判断をそのままスルーしてしまうのです。
長時間の会議を経て、やっとプロジェクトの方向性が固まったと思ったら、次の日クリアな頭でその議事録を読むと、「これじゃダメだ。ツメが甘すぎる。」なんて経験ありませんか?疲労によりシステム2が上手く働かなくなった結果、システム1が出した思い付きのアイデアが何故か魅力的に感じた、ということです。
また、システム1の感情的な判断に対してシステム2が上手く機能しないこともあります。
例えば家族と喧嘩してイライラした後に会議に出ると、システム1の「何か気に食わないな」という直感が優先されてしまい、訳もなく妙に批判的な態度を取ることがあります。
常にシステム2を働かせることはできない = ヒトは常に論理的ではいられない、ということを肝に命じておくべきです。
まとめ:正しい意思決定のためには
いかがでしょうか。上記のシステム1&システム2の理論は、皆さんの生活の中でも、思い当たる節はたくさんあるのではないでしょうか。
本論に戻りますが、リーダーやマネージャーは日々迫られる選択に対して、常に論理的な判断を下すべきです。
しかし、私たち自身の頭の中に思考の落とし穴が存在し、気づかぬうちにそれにハマってしまうのです。
以後の章では、これらシステム1&2が引き起こす「エラー」について、代表的なものをいくつか解説しようと思います。
ミュラー・リヤーの錯視を再び見た時は「どれも同じ長さだ!」と答えられるのと同様に、よくある落とし穴を事前に知っておけば、まんまと引っかかることも防げるはずです。よくある錯覚を一緒に学んでいきましょう。
引用:Daniel Kahneman, THINKING, FAST AND SLOW, pp. 20-49 (2011)
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