一万円札の価値はいつも同じですか? -プロスペクト理論-

リーダーの心理学

どうも。今回は、心理学シリーズ第二弾ということで、プロスペクト理論について書きます。
プロスペクト理論は、前回記事にてご紹介したダニエル・カーネマン氏が提唱した非常に有名な理論です。

この理論をギュッとまとめると、下記2点に集約します。

 

①ヒトは、利益が増えれば増えるほど、あるいは損失が増えれば増えるほど、利益や損失に対する感度は鈍くなってしまう。
②ヒトは、利益と損失の程度が同じ場合、利益を取らずに損失(リスク)を回避する性質を持っている。

 

この記事では、上記①②について詳しく解説し、さらにこれらの理論がどのように私たちの生活に影響しているかをご説明します。
また、プロスペクト理論はマーケティング手法にも度々応用されている有名なものです。マーケティングを学びたい方にも是非お勧めしたい記事です。

一万円札の価値はいつも同じですか?

まずは、プロスペクト理論の第一パート、①「ヒトは、利益が増えれば増えるほど、あるいは損失が増えれば増えるほど、利益や損失に対する感度は鈍くなってしまう。」について解説いたします。

例えば、あなたが幼少の頃、お年玉で5千円をもらったとします。とても嬉しかったはずです。

お年玉をもらえる年齢で日々1万円を手にする生活をしていたとは考えづらいので、その特別収入で何を買おうか?と考えるはずです。そして、親から「全額貯金しなさい!」と言われた日には、逆上したでしょう。

しかし、今のあなたが5千円を受け取ったらどうでしょうか?当時と同じ感動や高揚感はありますか?もっと極端な例として、仮にあなたが年収2500万の大企業役員だったら?おそらく答えはNoです。

ここで伝えたいのは、貨幣価値は同じはずの “5千円” が、あなたの置かれる状況によってその”主観的な価値”は変化する、ということです。
幼少期のあなたと、稼ぎを得るようになったあなたとでは、5千円の価値は違って感じるのです。これが、「利益が増えれば増えるほど、利益に対する感度は鈍くなる」ということです。

損失の例も出しておきます。

あなたが仮に300万円の自動車を購入することを決意したとしましょう。痛い出費でした。でも憧れの車に乗ってみたいという思いで、コツコツ貯金して300万円貯めました。

購入契約を済ませた後、ディーラーの販売員から、「10万円で内装をアップグレードし、より快適なカーライフを楽しめますよ。いかがですか?」と勧められました。あなたなら10万円の追加出費をどう考えますか?

「まぁ、10万円だし良いか。」とお思いなのであれば、プロスペクト理論を利用して売り込んできたセールスパーソンに、まんまと乗せられています。

300万円の出費を決断したときから、それ以降発生する追加出費は、月々の給料ではなく支出した300万円が比較対象になります。おそらく300万円の車購入の話がなかったら、10万円の出費はかなり躊躇したはず。
300万円を出費したことにより、出費前と比べて10万円の価値が鈍っているのです。

*一点だけ補足しておくと、絶対的な豊かさや貧しさが、お金の価値を決めていると言うわけではありません。あくまで、その人の中での「相対的な」価値の変化です。

年収1000万円の人にとっての1万円と、年収3000万の人にとっての1万円の価値が同じ可能性はあります。ただ、年収1000万円の人が年収3000万円もらえるようになると、”その人の中でのお金の価値が変化し”、1万円の価値が下がるのです。

どちらかというと、リスクを取るのはイヤ

2つ目のパート、②「ヒトは、利益と損失の程度が同じ場合、利益を取らずに損失(リスク)を回避する性質を持っている」を説明します。
これを説明するにちょうど良い、カーネマン氏の有名な実験があるので、そのままご紹介します。

Q1:あなたならどちらを選びますか?

A:必ず24,000円が貰えるくじ

B:25%の確率で100,000円が当たり、75%の確率で外れるくじ

 

どうでしょうか? 数字に強い方はお気づきかもしれませんが、Bのほうが期待値25,000円で100円分お得です。ところが、8割以上の回答者は選択肢Aを選びます。

 

次の実験をお見せしましょう。

Q2:あなたならどちらを選びますか?

A:必ず75,000円の負債を抱える

B:75%の確率で100,000円の負債を抱え、25%の確率で負債なし

今度は抱える負債の期待値は75,000円でA、B共に同じです。
それなのに、今度は、8割以上の人がBを選びます。

これら2つの例から分かることは、なるべくリスクは避けたいという人間の本能があるということです。
Q1では、Bの方が期待値が高いとわかっていても、75%でハズレくじになることを嫌い、100%の確率でお金がもらえるAを選びます。
Q2では、どちらを選んでも期待値は同じですが、25%で負債無しになるチャンスを魅力的に感じてしまうのです。

最後の実験をお見せします。

Q3:このギャンブル、あなたなら参加しますか?

コイントスして、表が出たら10,000円を支払わなければなりません。
ただ裏が出た場合、あなたは15,000円を獲得できます。

 

どうですか?コインの表と裏が出る確率は2分の1。同じ確率で獲得金額が損失金額を上回るので、どう考えても参加した方がお得ですよね?

でも実際は、、、回答者の中で答えは分かれてしまうんです。
たとえ期待値がプラスだったとしても、「もし10,000円損したらどうしよう」という気持ちが前に出てしまうのです。

もしこのギャンブルを「裏が出た場合は10,000円獲得」に変更したら??

ギャンブルを受ける回答者は激減します。

これら実験からわかることは、

「人間は、明らかにリスクを積極的に回避するクセがある。利益と損失が同程度であれば、利益を取らずに損失を回避する傾向がある。」

私たちの脳の中では、何が起こっているのか?

プロスペクト理論にて説明される「人間の思考のクセ」は、

①利益が増すほど、あるいは損失が増すほど、利益や損失に対する価値の感度は鈍くなっていく

②利益と損失の程度が同じ場合、利益を取らずに損失(リスク)を回避する

これら2つは、前回の投稿にてご説明した「システム1&システム2」でいうところの、”システム1”の本能に由来するクセです。上記Q1〜3に答えるときは、システム2も働いていますが、システム1の出した直感的な結論を信じ、ヒトは行動してしまうのです。

2つの特徴をグラフ上に示したものをカーネマン氏の書籍より引用します。

Kahneman&Tversky's prospect theory

Kahneman&Tversky’s prospect theoryより引用

グラフの横軸が収入、縦軸が価値です。
収入が増える(または減る)ほど、価値の感度が鈍くなることが示されています。

また、グラフ上の “$100 gain(100ドル得た時)”と “$100 loss (100ドル失った時)” では、価値の上下の程度が全く違うのが分かるかと思います。
これは、人間はより失うこと:リスクを恐れる性質があることを示しています。

最後に・・・(私たちはどう行動すればよいか?)

プロスペクト理論、お分かりいただけたかと思いますが、これを日常生活やビジネスリーダーとしての振る舞いにどう生かせば良いのでしょうか?

実は、この理論を応用したマーケティング手法やセールストークはたくさんあります。例えば・・・

  • 期間限定ディスカウント(今買わないと損する気持ちを煽る)
  • 全額返金キャンペーン(気に入らなかったときのリスクを0にして、買っても良いかと思わせる)
  • 購入しなかった際のデメリット側ばかり強調する広告(この保険に入っておかなかったら・・・ですよ、とリスク嫌いの心理を煽る)
  • 定価と割引率を強調したセール(定価で購入を損と感じ、今買うことを得と感じさせる)

このように、世の中では優秀なマーケターが何とか商品を買わせようと、アノ手コノ手で皆さんの”システム1”を刺激するのです。
冷静な判断で、これら販促に乗っかるのであれば構いませんが、うっかりこちらの心理を利用されてムダな買い物や決断をしないようにお気をつけください。

同じことがビジネスリーダーにも言えます。

  • 損失を生むわずかな可能性が気になり、プロジェクトの立ち上げに否定的になる
  • 予算が1000万円取れたので、20万円の雑出費も特段気にならない。
  • 利益見通しが赤字だったので、何とか期末までに黒字に転換させるような奇策を打つ

論理的に振る舞おうとするリーダーほど、自身の思考のエラーを見過ごしてしまいがちです。

本当に妥当な判断ができているか、今一度振り返ってみてはいかがでしょうか。

 

参照・引用:Daniel Kahneman, THINKING, FAST AND SLOW (2011)

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