リーダーのための心理学:最終回ということで、「なぜ良識のあるリーダーが、悪事に手を染めるのか?」という疑問に答えたいと思います。
企業活動における不祥事のニュースを目にするたび、「どうしてそんなことしたの?」とか、「冷静に考えればそんなのダメに決まってるじゃん!」と、行動の愚かさに呆れてしまいます。
でもそれは、当事者が単に愚か者だっただけなのでしょうか?
悪い事だと知らずに犯してしまった不正や、純粋に私欲のために働いた不正であれば、そいつは「愚か者」だったと片付けてしまって構わないでしょう。
しかし、「思慮分別があり、周囲からも高く評価されていたゼネラルマネージャーが、不正会計に手を染めた」なんて事例は、どう説明しましょうか?
マネージャーに抜擢されるような方が、不正会計がいけない事だと知らなかったなんて考えにくい。
ましてや、私利私欲のためにこれまでの輝かしいキャリアを棒に振るとは思えない。
こういった事象の裏には、人間の思考のクセと、取り巻く環境が大きく影響しており、条件が重なれば誰しも起こり得る事なのです。
「私はそんな愚かなことはする人間ではない」とか「うちの部下はみんな優秀だから大丈夫」と高を括っていると、思わぬところで足を救われるかもしれません。
今回は、不正を働くに至る心の動きを紐解く鍵になる「合理化」のメカニズムを知り、自分自身あるいは自分の属する組織が誤った方向に進んでしまわないように対策を講じましょう。
合理化のメカニズム
合理化 = 言い訳
心理学における合理化(Rationalization)とは、簡単にいうと「言い訳」です。
自分自身の欲求が満たされなかった時に、もっともらしい理由をつけて自分を納得させようとする心の動きを指します。
例えば、先週受けた数学のテストの点数が芳しくなかった時、その点数を見て、
「テスト当日は体調が悪かったから、点数が悪いのもうなずける。次のテストではこうはならない。」
と、もっともらしい理由をつけて罪悪感から逃れようとします。
「クラスメイトと比較して、私は学力の低い人間だ。」とか、「このままじゃ志望校に受からないかもしれない。」というマイナスの感情を回避するため、”自分が納得できるような”言い訳を探す、心の防衛本能の一つです。
これを他人に話すと、「本当に点数に影響するほど体調は悪かったの?」とツッコミが入りそうな気がしますが、ここで重要なのは「自分が納得」することです。
自分自身が納得すれば、合理化は成立します。
自身が納得する理由であれば何でも良いので、他にもこんな合理化のパターンは存在するでしょう。
「テストの前日に友達に遊びに誘われてしまい、十分に勉強できなかった。」
「今回のテストは、マニアックな解法を使った問題ばかりが出題されていた。」
「数学なんて、人生の役に立ちやしない。」
どれも、ひねくれ者の言い訳に聞こえますね?言い訳ばっかりせず、『真面目に勉強しろ!』と言いたくなります。
では、言い訳を捏ねる彼は、『今の実力を真摯に受け止めて、改善に取り組んだ方が良い』という事実(正解)を知らないのでしょうか。
いや、彼はこんな時どうすべきか、頭では分かっているはずです。
ただ、自分自身の威厳を保つために、つい言い訳してしまい、正しい道から逸れてしまうのです。
不正を働く心理
以上にお示しした数学のテストの例と同様のことが、ビジネスにおける不正においても起きています。
誰しも「何が正しいことで、何がイケナイことか」は頭で理解しています。
ところが、常に正しい判断が下せるほど、世の中はそう単純ではありません。
例えば、新しく配属された組織では不正行為が常態化しており、不正を正すことに対して組織からの反発を受けた結果、不正を黙認することになる…
自身が着任したプロジェクトが大失敗し、そのことが影響して会社全体の当年度業績も赤字に転落することが分かったとします。
そんな時、降格を免れるために赤字をなんとか埋め合わせようと、プロジェクトの費用を次年度付けに回してしまう…
頭の中の「正しい事」と、現実に起きている不都合とがぶつかった時、葛藤が生まれます。
正しいことを貫くことができない自分自身の威厳を保つため、意識的に、時には無意識に「言い訳」を探します。
「合理化」の結果、自分自身を納得させてしまえば、不正の道に進んでいくこととなってしまいます。
それでは、次項にて「合理化」の代表的なパターンをいくつか見ていきます。
合理化の代表的なパターン6つ
①こうするしかなかったんだ・・・
不正を働く以外に解決の手段はないのだから、悪いと分かっていながらもやるしかない。っといった合理化です。
不正を行わずに起こる結果(倒産など)と比べたら、不正に手を染めた方がまだマシだ…。とも言えます。
サービス残業の常態化なんかも、これで説明できます。
給料を払わずに部下を働かせることは法律違反であることは分かっていますが、残業してもらわないと仕事は回らないし、正直に残業時間を報告すると法律に引っかかるので、「サービス残業は仕方がない」と上司は(あるいは組織全体が)納得しています。
これは、当事者が「これ以外に方法が無い」と考えているだけで、外部の人間が介入すればすぐに解決してしまうこともあります。
②私は、誰も傷つけてはいない
不正会計や横領に見られる合理化です。
「少し財務諸表の見栄えをよくしただけだ。誰かが迷惑を被る訳ではない。」
「ほんの少しの間、会社からお金を借りるだけだ。後で元に戻せば何の問題もない。」
誰も傷つけていないのだから、明るみに出なければ特段問題ないだろうと自身を納得させます。
③むしろ私は犠牲者だ
不正を働く理由を、自分以外のものに転嫁するパターン。
「部長がヘマさえしなければ、私がこんなことせずに済んだのに。」
「私はこの会社に散々こき使われた。私にも見返りがあって然るべきだ。」
自分自身を被害者的な立場に置くことで、行為を正当化します。
④法律が間違っている
間違っているのは自分自身ではなくて、ルールのほうにあるとするパターン。
現場実態に即していない法令を逸脱する言い訳にしたり、むしろルール改正を主張する機会と捉えます。
⑤これもすべて、会社の存続のためだ…
粉飾決算や、不祥事の隠ぺいなどに見られる思考です。
正しい判断を下すと企業を窮地に追いやってしまうという重圧から、「会社存続に対する責任」を感じてしまいます。
組織の規模が大きくなるほど、その重圧は大きくなるため、それなりのポジションを任された人物にしか冷静な判断はできません。
組織の報告体制(エスカレーション)が適切に機能していない場合、中間管理職が上層部に正直に報告することができず、不正につながってしまいます。
⑥みんなやっていることだ
まさに、『赤信号、みんなで渡れば怖くない。』
何も不正な手続きを踏んでいるのは自分たちだけではないのだから、大したことではないだろうと不正を軽視するパターンです。
当人には不正を働いている自覚が生じづらいので、発見や解決も難しいです。
「先代からずっとこのやり方でやってきて、それで問題は起きたことがない。」
「競合他社も同じやり方を採用している。うちだけやり方を改める必要はないだろう。」
これまでの経験に裏付けられ、組織全体が不正を(無意識に)容認していることから、罪悪感がそもそも発生しづらく、暗黙の了解とされていることが多いです。
まとめ:決して他人事ではありません。
誰しも、「合理化」により不正を働いてしまう危険性を持っていることがお分かりいただけましたでしょうか。
重要なことは、合理化が不正に繋がるメカニズムを理解し、それを防止する仕組みを作っておくことです。
合理化は人間の思考のクセなので、自分自身を過信せずに腹を割って相談できる相手を日頃から作っておくことが大切でしょう。
さらに、組織を束ねる立場にあるのであれば、メンバーが合理化から誤った判断をしないよう、何でも相談できる体制をリーダーとして構築しておくべきです。
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